言語と民族の解き難い軛 言語というものに民族の本質をみる考え方は、一つの大きな伝統をなしてきた。ウクライナにおいても19世紀はまさにウクライナ語という言語を旗印として、文化運動が政治闘争へと展開したが、これは言語と民族に密接なつながりをみる考え方抜きにしてはありえない。 本章では、言語と民族がどのような関係を取り結んできたかという点について概観し、ソヴィエト時代を超えて言語の問題がほとんど無傷のまま残存している点において言語思想をみていきたい。歴史学者の中井和夫はウクライナ語の普及がウクライナ・ナショナリズムの重要な争点として存在しており、ロシア語との関係のなかで度々政治的な駆け引き、もしくは闘争が惹起された経緯を説明している[★1]。そうした状況のなか、言語と民族における思想的結びつきについて、遡る必要がある。 言語と言語学の政治化としての《諸国民の春》 言語と民族の関係において、ヴィル

